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涙を流しながら、カルメンマキを聴いている。
悲しくて泣いている訳ではない。
玉葱を沢山切っているからさ。
ビーフの脛を炒めている。
脛シチューを作り始めた。
今日は山形の秘伝青枝豆が手に入ったからこれを入れてみる。
サンタフェに住んでいた頃、週に一度は作っていたカスレ風に、
クレオール、ナヴァホ、メキシカン、ジプシー風、ミックス無国籍料理。
そうだ、シチュウ・デラシネ と名付けよう。
きっと美味しくできるだろう。(いづれ美味いカレーに変わる)
マキが終わったら、ミッチェル、ミンガス、バルビエリ、クーダー、ストーンズ。
ヤング、コーエン、レゲエ、シモン、デイビス、エトセトラはまやらわ。
音楽も料理もアートも そして人も、ミックスが美味しい、最高だ!
酒がうまい、ということは幸せ。
待てよ、良いアーティストは不幸でなければ、と、誰かが言ってたが、、。
そうかな?そんな事はないよな。ま、やはり ハッピー ラテンでいこうぜ。
テキーラ!
テキーラ!
Mix is the Best, Isn't It ?
14/12/26
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つきたての餅 美味、早 師走。
Arigato Mr.Tarumi
40年来の友、GEN垂水氏(ハリウッド・ランチ・マーケット)主催。
師走、恒例、忘年、餅つきパーティ風景、代官山デプレ。
2014 Year End Party at Daikanyama
アメリカ中、アーティストはみんな、音楽に限らず 新しい 'なにか' を探していた。
ウッドストック後だ。移住の時代。僕も シスコから ニューヨークに 移った。
ウッドストック後だ。移住の時代。僕も シスコから ニューヨークに 移った。
そして、いつのまにか マンハッタンのクラブ 'マックスカンサスシティ'で
兄弟のような ジョニー・サンダースを 撮っていた。そこで耳をやられた。
'なにか' はパンク(広い意味での)だった。
(*カルメンマキはパンクに近いが より冷静なパンク だと思う。だから
息が合う。僕自身の写真の撮り方も 'パンク 'の精神そのものだ、今でも)
'なにか' はパンク(広い意味での)だった。
(*カルメンマキはパンクに近いが より冷静なパンク だと思う。だから
息が合う。僕自身の写真の撮り方も 'パンク 'の精神そのものだ、今でも)
日本には居なかった70~80年代、アメリカでこんな写真も撮っていた。
(ランドスケープ、ポートレート、ファッション以外は)もちろんデジタルカメラではない。
ライカM3、トライX、ブラック&ホワイト プリントが定番だった。
ロックもジャズも絵画も写真も、アートはすべてマニュアルだった。
(ランドスケープ、ポートレート、ファッション以外は)もちろんデジタルカメラではない。
ライカM3、トライX、ブラック&ホワイト プリントが定番だった。
ジョニーは今、天国にいる筈。生きてた時は、地獄だったろう。
燃え尽きた。いい '人間 ' だった。きっとヘヴンにいけただろう。
Hope Brother Johnny is Still in Heaven Now.
14/11/28
燃え尽きた。いい '人間 ' だった。きっとヘヴンにいけただろう。
Hope Brother Johnny is Still in Heaven Now.
14/11/28
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